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近所の塀越しに枝垂れ梅が満開の花を見せている、花言葉は「厳しい美しさ」とか

♪ 腰の軍刀に すがりつき  連れてゆきゃんせ どこまでも
連れてゆくのは やすけれど  女は乗せない 戰(いくさ)船 ♪

上は海軍の軍謡歌である、還暦を超える方々はご存知であろう
英国海軍を手本にした日本海軍、英語で船は女性名詞、由って軍艦も女性
女性である軍艦に女を乗せると、軍艦が嫉妬して荒れるというのが歌の真意
まま、我が朋庵も軍艦とは云わぬが、「女子供」はんの稽古はしない
その感覚・発想は差別云々という誹りも耳にするが、そんなことはカラスの勝手
しかし、この朋庵で稽古をしていた娘御が一人居た、私の弟弟子の娘御である

その娘御には弟弟子が自分で教えていたが、やはり親子ではどうしても、とかであった
その娘御は、小さい時から父親の茶会にも付いて来ていたので私も良く知っている
大人になった彼女は背が高く美人系ではあるが、父親が云うには「性格が・・」
高校では少々先生から目を付けられていたとか、聞くと武闘派でいわゆる「女番長」
彼女とその学校の生活指導の教師との間では、イタチごっこのドタバタを繰り返していたらしい
学校から帰って来ると彼女は、「あの○○は、ホンマに腹が立つ」、とわめくのが日常茶飯
あの○○とは生活指導の教師の苗字、変った苗字なので私はもしや(?)と思っていた
まま、武闘派系のやんちゃ娘なら宜しかろうと入塾させ、苦手な女点前を教えることになった

彼女は男に引けをとらぬ背丈で、点前に入ると美顔にそれなりの品も出て、武家茶が様になった
子供の頃から父親の稽古を受けただけに上達も早く、京都の門跡尼寺の茶会で点前デビュー
その門跡尼寺・大聖寺の護友会名誉会長は秋篠宮紀子妃で、皇室との所縁が深いところである
その日の茶会の正客は奈良・春日大社の宮司ということであった、それを聞いた彼女は顔付豹変
「あッ!、○○や、アカン」、彼女の高校の生活指導教師は、春日大社の今の花山院宮司だった

三十人程の紳士淑女が待つ静寂な茶席の中、意を決した彼女は粛々と点前に入る
彼女の点てた茶を私が正客の宮司の元へ出し耳打ち、「△△高校でお世話になった✖✖です」
宮司はキョトンとして彼女の顔を眺める、彼女の顔は赤面状態に、時間が止まった
「あッおまえ✖✖、何してんねん、こんなとこで」、彼女は大聖寺で茶の点前をしているだけ
宮司は大きな地声で屈託なく、「この子は私の教え子で手を焼かせた云々」、席は驚きと笑い
宮司は熱血漢の生活指導教師で、怖い先生であったが生徒に好かれていたと聞く、
今は春日大社の宮司であると共に、奈良の教育委員長でもある、
後日、彼女は両親と共に春日大社へ参り宮司に御礼の挨拶をしたとか、何の御礼か・・

内申書のことで進路希望が閉ざされ、自殺した広島の中学生のことを先に記事にした
それで、朋庵の武闘派女弟子と奈良教育委員長・春日大社現宮司との話を思い起した次第
生活指導と進路指導は根本で違うもの、そこが理解できない学校教師や教育委員は失格
枝垂れ梅の「厳しい美しさ」同様に教育者へ求められるもの、それは「厳しい優しさ」であろう
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