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秋篠川の土手に拡がる「よもぎ(蓬)」の若葉、別名「もぐさ(艾)」・「もちくさ(餅草)」
草餅を作る時の心得とは、犬の小便の掛からぬ辺りの若葉を採集すること

今朝のNHK「あさが来た」は、主人公「アサ」の姉「ハツ」の旦那「惣兵衛」の死
死を前にした惣兵衛の台詞、聞かせるものがあり、私の母親の言葉を思い出した
惣兵衛はハツに体を起こしてもらい、息子たちを枕元に呼び話し掛ける
「ええ人生やった、こんな幸せあらへん」
「誰にも愛想笑いせんと、ホンマありがた過ぎて、せやから笑ろてくれ」
「山を耕し、ミカンをつくり、家を建てて、子供を育て、孫の顔も見さしてもろた」
そして、皆に促され床で横になった惣兵衛はハツに琴をせがみ、琴音を聞き目を閉じる
その明け方、惣兵衛は静かに息を引き取ったという話であった

私の友人に、安保闘争で監獄に収容された経験をもつ古代史好きの御仁がいる
御仁は「人生は、死ぬその時に何を思うか、それだけや」と云い、私は妙に納得した
自分の母親のことをブログに書くのも何だが、私の母は相当なタマの女であった
九人兄弟の末っ子で、しかも一人娘、子守の女中が付いた山口の裕福な商家育ち
近くに海軍基地があり、特攻に出陣する青年将校だった私の父親に恋心を持ったらしい
戦死したと思っていた父が生還して来たので、親の反対を押し切り奈良に来たとか
我が儘に育ち、学校でも兄貴達に守られて天下御免の生活を謳歌していた母である

父は土建屋の仕切り役をしていたので、我が家には墨人間も出入りしていた
そんな人たち相手に、母は何の外連味(けれんみ)がないどころか仕切っていた
酒や煙草・麻雀・花札なんぞも豪快に嗜む母親で、それらの悪戯を私にも教えた
前述のように、私は酒に酔って先生宅に上がり込み中学の通知簿に「問題児」と書かれた
父はどちらかと云うともの静かな男で、その分を母が前に出て男共とやり合っていた
私は思春期になると、そんな母親とそれを許している父親に反発を覚えて来た
そんな思いが、私を東京一人暮らしへ駆り立てた要因でもあった

父が死んで十年余りして母も病気になり、我が家に連れて来ている時のこと
私は母の生き様というものに好感をもっていなかったので、母には嫌味も云った
自分の妻は母親と反対のタイプを貰ったし、母もそれを重々承知していた
故に、母は私の結婚当初から「私はあんた達とは一緒に暮らさない」と云っていた
ある時、私が母に小言を云うと母はあらぬ方向を向き、私に聞かせるように独り言
「あーあ、楽しかった、私の人生面白かった」、その言葉に私は黙るしかなかった

父の死んだ歳を越え、母の死んだ歳に近づくにつれ、父母への思いが変わって来た
親のその時あの時の言葉や態度を思い起す都度、ホロ苦いものを感じてしまう
朝ドラの惣兵衛の今日の台詞に、そのホロ苦いものを感じさせられた
「寝小便にはお灸がエエ」と、母が私を捕まえて艾(もぐさ)を尻に置いた時のこと
その熱さに涙が滲んだこと、それを秋篠川のヨモギを見てホロ苦く思い出した次第
まま、私の父と母の看病には女房殿がよく尽くしてくれた、感謝である
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