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ラグビーのメッカ信州菅平のご当地グルメ「ラガーメン」、器がラグビーボール形なのがミソ

金美齡,女史の講演で耳にした「柯子彰(かししょう)氏」のことは私には初耳だった
そこで、西宮にお住いの知人に金女史の話を伝えて訊いてみると、メールが届いた
御仁の父君は、台北中学のラグビー部員として甲子園の全国中学ラグビー大会に出場
野球の「海の向こうの甲子園」ならぬ、ラグビーの「海の向こうの甲子園」である

>失礼します。
先ほどは、連絡いただきましてありがとうございます。
いつも「台湾・ラグビー」などの言葉の端に思い出していただきましてありがとうございます。

さて、ラグビーの柯さんとは、台北市の北の淡水出身で、お父様が淡水中学の宣教師をされていました。
その影響なのか、同志社中学へ進学し ラグビーでは全国優勝をしています。
その後、早稲田大学に進み、全日本メンバーに選ばれ海外遠征のキャプテンもされています。
台北市に住んでいた関係で、帰郷した時には、チームを作ってラグビーを楽しんでいたそうです。
小生の父が、1年下になり、そのチームで一緒にプレーしていたと思われます。
小生の父は明治に進学し、明治のラグビーも面白いということでそのままプレーします。
柯さんとも対戦しています。柯さんの4年の時は早稲田が勝ち、父が4年の時は明治が勝っています。
その後、満州鉄道へ就職され按山中学にもラグビーを教え行っており、昭和11年の優勝メンバーにも
色々とアドバイスをしたと書いてありました(按山中学ラグビー部OB会誌より)
当時の「アサヒグラビア」で、柯さんからタックルを受けている写真を見つけました。
近くに住んでいる、早稲田のOBから 柯さんのことを聞き調べていますと、「森元首相」の話を聞き調べていました。
台湾を初めて訪れるときに、柯さんの墓参りをしたいと申し出たところ、息子様と会うことができ昔話を聞かせていただきました。
昨年、再訪した時にもお世話になり、2日目には、60歳以上の台湾選抜チームに混ぜていただき、ラグビーをプレーしてきました。
おまけに、人生初トライを挙げ、父との繋がりを強く感じた次第です。
昨年11月には、石川県小松市へ遠征に出かけ、2回目のトライを挙げてきました。
そのグラウンドは、20年以上前に作られたものですが、当時にしては珍しく2面が背中合わせになっており、相当豪華なものだったそうです。
 その球場は、「森元首相のお父様」の肝いり(地元)でできたと聞き、偶然にびっくりした次第です。
今年の10月に、3回目の台湾訪問を予定しています。
台北市と台南市で2試合する予定です。
時間が取れれば嘉納を訪れたいと思います。
ちなみに「元森首相のお父様」は早稲田でプレーしていたそうですが、選抜メンバーにはなれなかったそうです。また「元森首相」は、1年生の途中でプレーヤーを断念したと聞いています。
そのかわり、外からラグビーに関わる道を選らんだと聞きました。

長々と失礼しました。<

因みに、(按山中学ラグビー部OB会誌より)とある、鞍山中学ラグビー部OBの御一人(八十五歳)
その御人は今日行く予定の囲碁教室の先達である、私はこのメールを持参するつもりでいる
人生とは、因縁とか奇遇とかがその時とその場を彩るようだ
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