2016.05.03 憲法記念日
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一昨年、平成二十六年七月八日のブログ記事「七段花とメダカの赤ちゃん」
貼り付けることにする、http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-392.html
実はこの時の挿し木は、次の年、つまり二十七年には朽ちて姿を消していた
何となく、水遣りだけは続けていたが、挿し木のことは諦めていた
今年はこの鉢にスズランを植え、水を遣っていた
すると、春頃に何かの芽が出て来たので、引き抜きもせず放置しておいた
その芽は成長して小さな蕾を付けだした、紛れもなく七段花の蕾である
挿し木した七段花の小枝は、鉢の土の中で二年間生きていたのである、感無量

今日、五月三日は「憲法記念日」で国民の祝日だという
昭和二十二年五月三日に日本国憲法が施行されたことを記念したものだそうだ
私は進駐軍、GHQが作成したものを「日本国憲法」とするには、承服し難い思いを持つ
私としての憲法記念日は五月六日、聖徳太子の十七条の憲法が布告された日である

推古天皇十二年夏四月丙寅朔戊辰(ユリウス暦607年五月六日) 皇太子親肇作憲法十七條
夏(なつ)四月(うづき)の丙寅(ひのえ とら)の朔(ついたち)戊辰(つちのえ たつ のひ)に、皇太子(ひつぎのみこ)、親(みづから)肇(はじめて) 憲法(いつくしきのり)十七條(とをあまりなな)を作(つく)りたまふ

一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とは仏(ほとけ)・法(のり)・僧(ほうし)なり。(略)
三に曰く、詔を承りては必ず謹(つつし)め、君をば天(あめ)とす、臣をば地(つち)とす。(略)
四に曰く、群臣百寮(まえつきみたちつかさつかさ)、礼を以て本とせよ。(略)
五に曰く、饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。(略)
六に曰く、悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。(略)
七に曰く、人各(おのおの)任(よさ)有り。(略)
八に曰く、群卿百寮、早朝晏(おそく)退でよ。(略)
九に曰く、信は是義の本なり。(略)
十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。(略)
十一に曰く、功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。(略)
十二に曰く、国司(くにのみこともち)・国造(くにのみやつこ)、百姓(おおみたから)に収斂することなかれ。国に二君非(な)く、民に両主無し、率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以て主と為す。(略)
十三に曰く、諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。(略)
十四に曰く、群臣百寮、嫉み妬むこと有ること無かれ。(略)
十五に曰く、私を背きて公に向くは、是臣が道なり。(略)
十六に曰く、民を使うに時を以てするは、古の良き典なり。(略)
十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。(略)

つらつら見るに、今以って世界最高の憲法であろうと思う
世界の憲法は、人民と国家の契約書ということを憲法観の根底思想としている
聖徳太子の憲法観は違っている、民と国とに契約概念なんぞあろうハズがないということ
確かにそうである、民とは国であり国とは民である、この概念こそ日本という国の姿である
外国のように、民は為政者の支配するもの、国は民を統治するもの、と云う概念とは異質

この五月六日、朋庵の塾生と伊賀越えをして温泉小屋で「淋間茶の湯」の稽古をする
茶の湯や茶会の原型として茶祖・村田珠光の一番弟子・古市播磨が行ったものだ
風呂に浸かり、浴衣で酒と季の物を楽しみ、連歌を詠み、そして茶を喫する
朋庵での「祝・日本憲法記念日」、ついでに「祝・日本拳法」も・・
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