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大徳寺三玄院の前に立つ塾生

昨日は大徳寺塔頭三玄院で、流祖・上田宗箇の法要茶会が行われ参列
三玄院は桃山期の天正十七年に浅野幸長、石田三成、森忠政が創建したもの
幸長と三成は豊臣政権の五奉行、忠政は織田信長と共に本能寺で最期を遂げた森蘭丸の弟
開祖は春屋宗園(大徳寺百十一世)といわれる

この宗箇忌茶会は本席の濃茶は宗家、副席の薄茶は年毎に畿内勢と広島勢が交互に担当
今年の薄茶席は広島勢の担当であったため、私と塾生は客として席入りする
客の半数以上が他流儀の方々であり、私達は三カ所に分れ他流の間に挟まれて坐った
白と青の干菓子が五個づつ、或いは七個づつ菓子盆に入れて出され、客は一色づつ懐紙に取る
私の席で一盆分の初め、つまり前隣の席が先の盆の最終となったのだが、隣席二人がもじもじ
盆を見ると、白が二個と青が一個となっており、隣席二人が譲りあっておられたのだ
その時、私の反対隣の二人組の女性が私に耳打ち、「あちらの方が青干菓子を二個取られた」

その目の先は我が塾生の席、私はとっさに手を上げ、お運びの女性に「干菓子持って来て」
女性は「あれッ」という表情になったが、菓子盆を持ち帰り新たな盆を持ち出して前に置いた
水屋の菓子担当が応分の干菓子をセットにして準備しているので、過不足はないハズ
ワンセット分の菓子を持ち出してきたのは咄嗟の配慮、私はニコリとお運びの女性を見た
隣席の他流の女性たちに、「いっぱい来たから、お好きなだけもらったら」と声を掛けた
「私も貰おう」と私は云い、白青もう一個づづ取り、「耳打ち」をしてくれた人達へも勧める
これで一件落着、後で聞くと塾生一人の摘まんだ干菓子がくっ付いて二個来たとの由、まま
どういう訳か、薄茶の点て出しが私のところへ来た時、数茶碗でない好い平茶碗の茶が出た

この薄茶席では、私にはちょっと気になることがあった
床の軸に当代宗家の一行ものが掛かっていたことである
床の軸とは、客が「拝見」後に頭を下げる、それは軸へでなく揮毫者への礼である
従って、他流の客も招いた席では自流の人間の書を掛けないのが道理であろう
昔の人や故人となった人を偲ぶ場合なんかではこの限りではないとは思うが・・
他流では、これ見よがしに「当代家元」の書を掛けている茶席を時々見掛ける
私は内心でその席主を訝しく思い、その席を早々に退散したくなるのが本音である

拙宅の茶囲い「朋庵」の額の字を、私は当代宗家に頼んで揮毫してもらった
その書は軸に表具しており、時折床に掛けるが他流の方には庵名揮毫故との断りを入れる
「当代家元」の軸とは同流の茶で掛けるもので、他流の人を招く席には相応しくないと私は思う
その日の薄茶席を担当したのは、広島の比較的若い先生方達と聞いた
彼女たちは純粋無辜の方々であり、自分達の晴れ舞台に「当代の軸」と心から思ったのであろう
師範代には私の思いを云ったが伝わったかどうか・・

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大徳寺土産(?)の日本酒、まま、般若湯というのかも

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御丁寧に「おつまみ」付き、大徳寺納豆である、私は甘納豆を酒のツマミにする方が好きである
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