2016.05.29 ドクダミの花
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ドクダミの花、梅雨入り前になると彼方此方で見かける、古名は、之布岐(シブキ)とか
ドクダミの名称は「毒矯み」(毒を抑える)から来ている、別名・ジゴクソバ(地獄蕎麦)
ドクダミ茶は健康に良いとかで母親が作っていた、怪我をすると生葉をつぶして貼っていた

この一日二日、オバマ米国大統領の広島訪問の話題が大きく扱われている
「核廃絶」とか「原水爆禁止」とか云々、私には意味がというか趣旨が分らない話である
東京や大阪へ深夜の空襲で多くの女子度を含めた一般市民を焼き殺した焼夷弾はどうなのか
一般市民への無差別大量殺戮行為の廃絶・禁止を訴える話なら私にも良く分る
殺人道具が、槍剣であれ銃砲であれ焼夷弾であれ原水爆であれ、殺される側にとっては同じ
もし、後遺症のことを訴えているならサリン等の毒ガスや細菌兵器も核兵器と同じであろう

生物が生きていることは戦いであり、生きることとは争い奪うことが原点である
人類も同じで、戦いの道具が素手・こん棒から原水爆になっただけのことである
中学高校の時の喧嘩も戦いの原型だが喧嘩には「掟」があった
対々と素手、そして先生と親には云わないこと、それが暗黙の合意、つまり「掟」
ジュネーブ議定書や生物兵器禁止条約・化学兵器禁止条約の雛型のようなものだ
無論、私も核兵器廃絶には賛成であるが、被爆者団体というものには胡散臭さを感じている

学生の頃の話だが、「中共の原爆は美しい、米国の原爆とは違う」と声高に云う輩がいた
私は、成るほど原爆とは政治思想の争具なのかと思いを改めたことがある
そして、広島在住の時の話、周りには被爆者や被爆二世が多く居た
私は、米国ファーストフード店を広島に出店するチームリーダーをしていた
店舗に星条旗を掲げ、「アメリカ」を強調するのが当時の米国ファーストフード店であった
私は胸に引っ掛かりを覚え、耳にしていた「被爆者団体」を訪れた

連絡を入れていたので「団体の人」は私の話を聞いてくれた、先のテレビでオバマと写った人
その人は私の話を聞いてくれたが、どうも私の心中の思いが伝わらなかった記憶が残る
「星条旗?ああ結構ですよ、何故そんな話を?」という具合であった、私は拍子抜けした
奈良に米軍が原爆を落し、一族や知人が殺されていたなら、私は奈良で星条旗を見たくない
アメリカかぶれの店を出し、星条旗を掲げることへの広島市民の心はという私の思い
被爆者団体の人には通じなかった、後で聞くと共産党系や社会党系の政治思想で分裂云々
団体の人は「政治活動」に心を向けて行ったというのが、広島での私の回顧録
核兵器はドクダミと同じで毒に思えるが、薬の効用があるので廃絶に至らないと知ること肝要

私が原爆を知ったのは、「少年ケニア」でワタル少年が日本が負けたことを知る場面
小学校二年の頃だった、ワタルの台詞が「アメリカはそんな恐ろしい兵器を使ったのですか」
今から思うと、ワタルはどうして原爆というものを知っていたのかと少々疑問が浮かぶ・・
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