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街路樹の根元の草を刈り、袋に詰めて電動三輪車に積もうとする御仁の姿

朝六時頃のことである、散歩中に隣町で知人にお会いした
私と同じ三輪車に乗っている方で、私より一回りは上の御仁である
声を掛けると、街路樹の植え込みが荒れているので草を刈っているとのこと
町内の人達は自宅前の街路樹は夫々が手入れをするが、しないお宅もある
御仁は、気になるところは暇な自分が手入れをしていると話された

この御仁は日本犬が好きで、以前は秋田犬を連れて私の町内まで散歩されていた
その際には、何時もゴミハサミと袋をもって道のゴミを拾いながら歩いておられた
私も「ハナ」を連れてよく話をしていたが、五年ほど前から散歩姿を見かけなくなった
あるゴミ収集の日に、ゴミ袋を三輪車で運んでおられる姿を隣町でお見かけした
私が声掛けし、同じ三輪車ということで話が弾み近況を訊ねると秋田犬は死んだとのこと
以来、私の町内まで散歩に出掛けることがなくなったという話であった

私は京都の一燈園に一か月余り入ったり、色んな宗派の説教も聞いたりした
然しながら、殆ど感動も納得もした覚えがない、「破戒僧が何をぬかす」で終わっていた
禅語の軸を床に掛けて、然り顔で茶を点てる仕儀にも不承不承の思いをもっている
舛添都知事が良い見本である、彼の以前の言葉は政治道徳の訓話・説法に等しい
だが、彼のやっていたことは、まま、説教坊主が破戒僧であった証と全く同様のもの

黙って街路樹の草を刈り袋に詰めて三輪車に積む姿は、世の一隅を照らす生き様
ゴミ袋とゴミハサミを持って早朝散歩されていた姿を思い起すと、自然に頭が下がる
何かを求めることも、能書きをノタマウこともなく、ゴミが落ちているから拾うだけの姿
草が延びて荒れているから刈り取る、ただそれだけの姿である、何を語ろうや
この界隈で、この電動三輪車に乗っているのは私と御仁の二人だけ、何か嬉しくなる



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