2017.10.14 天才と秀才
新宿京王百貨店で開催の赤膚焼きの作陶展へ行く。
夕方に東京在住の高校同級生四人と酒宴の予定であった。
ギャラリー前の通路で「井谷君」の声に振り返ると懐かしい顔が浮かんで来た。
半世紀を超える年月が消え去ったのである。
「よう分かったな」と私が云うと「ブログの顔写真見てる」と彼。
そうかと妙な納得をして二人が作陶展へ向かう。
夕方の宴席は私の判断ミスであった。
飲み放題のどぐろセットを予約していたが、皆の酒が進まない。
訊くと、あろうことか五人中三人が下戸であった。
私とゼネコンの副社長だった男がひたすら飲んだ。
朝五時にスッキリした寝覚めをむかえたが、酒宴の後始末の記憶がはっきりしなぃ。
芸大を首席で卒業した男の云う「天才と秀才」の話が面白く記憶に残っているが携帯での記述はシンドイ。
奈良に戻ってパソコンで続きを書くことにする。
米国がユネスコ脱退を表明との今朝のニュース。
まさにビッグニュース、吉報である。
詐欺守銭奴日本ユニセフ協会の訴追壊滅を日本政府に求めたい。
2寒露のころ

江戸在住の高校同級生から、二十四節季「寒露:あけびのころ」とのメールがあった。
それに添付されたアケビの絵である。この絵同様、ほのぼの感が漂う彼のメールの前文を転載。

>おはようございます
ご無沙汰しております。
季節の上では「寒露」も過ぎ、秋も本番ですが、この暑さです。
やっぱりおかしいですね。
秋の入り口で、不思議な色の「あけび」に出会いました。・・・(中略)
そんなこんなの、品川の暖かすぎる二十四節季「寒露:あけびのころ」でした・・・(後略)<


品川から出たのか品川へ着いたのかは知らない。
Ⅰ時間程度の電車の中でスケッチというかお絵描きをしている情景。
70過ぎた爺さんのすることかと思えばメールの絵と文同様のほのぼの感彷彿。
確かに、私には空豆と茄子の絵かと思えたがアケビだそうな。
昔、山で採ったザックリ割れたアケビの黒点が散りばんだ白い中実と香を想い出した。
「寒露、何々の頃」という気候の挨拶文にも懐かしさを覚えた次第。
今夕、その友人も含めた同級生数人と東京新宿で逢う。楽しみだ。

sss相撲部00
高校の卒業アルバムに載せられた部活の写真。
先日の「借金」という題名の私のブログのこと。
高校部活の後輩のことを書き込んだが、その後輩とは卒業後交流はないままであった。
それが突然電話をもらい、その後輩も写っている写真があったことを思い出した。
我々の卒業記念アルバムである。
元写真部だった同級生に頼んでブログ掲載できる写真データにしてもらった。
写真の私は右から三人目、楯と賞状を持つ同級生の間で蹲踞している。
(今、その蹲踞が出来ず茶の点前がままならぬ、老いの荒みに苛まされている。)
見て思った、体重は今と余り変わらないが腹が出ていない。
そして何より、頭が黒髪に覆われているという事実。
当時の奈良県高校相撲部で長髪は我が校だけ、他校は皆丸坊主。
後輩は後ろの土俵の上で写真映りを考えた格好をとっている。
半世紀以上前の在りし日の写真、後ろはバスケット、バレー、テニス部である。
同級生の中三人と顧問先生は既に泉下。 この一葉、なんとも感慨深い。
2017.10.11 衆院選公示
IMG_20171011_063722.jpg
藻の花。我が家のメダカの実家である鉢に咲いていた。この二・三日の暑さの所為かも。
藻の花は夏の季語、「藻の花や 小舟よせたる 門の前 」・蕪村 。

私は犬フグリやホトケノザ・モジリ草という小花が好きで、藻の花にも心が引かれる。
人の好みは、言葉通り「好き好き・すきずき」であると私は思っている。
「立てば芍薬坐れば牡丹歩く姿は百合の花」とか華麗な大花に人気が集まる傾向はある。
「夜目遠目傘の中」なんぞはモロに見せぬところに美しさを感じるとか、まま、茶心。
そして、「見惚れ聞き惚れ底惚れ」と云う言葉もある。これはズッシリ解る言葉である。
見てくれに惚れるも好し、聞かされた話に惚れるも善し、トコトン知った情に惚れるも佳し。
衆院選が開始された。選挙とは誰を選ぶか、或いはそのことは誰に託すかということ。
最近思うに、「そのことを誰に」となると公約やマニフェスト云々となり胡散臭くなる。
本来、政党とは政治的目的を共有する者によって組織される徳目による集団とされ、
決して、私利私欲に基づく人間集団の徒党ではないとされるハズである。
衆院で100人を超える野党第一党であった民進党がたった一人の女に擦り寄って分解。
合従連衡なんぞと云うもオゾマシイ、離合集散・右顧左眄の徒党の衆の体裁。
あっち向いてホイ、こっち向いてホイ、昨日の話は忘却の彼方、明日の話は無知蒙昧。
こんな輩に付き合うのはご免であるが、前の民主党大勝利の衆院選挙の時のこと。
我が女房殿の話を想い出す。当時、女房殿の朝の散歩は仲間と連れ立っていた。
6・7人の仲間全員が民主党と云うのだが、女房殿一人は民主党嫌いやと云ったとか。
女房殿は自民党に投票。結局、その時の衆院選挙は民主党の大勝利で自民は惨敗。
私は共産党。投票用紙には「大日本帝国共産党」と書き込んだ。有効票になったどうか。
女房殿とは半世紀余りの付き合いで、価値観や思考回路の違いは多々ある。
しかし、食べ物の味や人の味の好き嫌いは全くと云えるほど合致して来た。
政権奪取後の民主党政権が為したことを鑑みれば、女房殿が正しかった、正に慧眼。
人を見る目というか選ぶ物差しは「好き嫌い」が一番真っ当な物差しであると思う。
私にも、思想・理念は全く違うが心情は一致する友人が居たと思える。
馬が合う或いは平仄が合うというのか、その真意にあるのは「信がおけるか」である。
その人間性の真底には「この人は裏切らないか」の信が問われるのである。
我々世代でも詭弁甘言に乗る者が多い、これからの世、日本の若者の感覚に期待したい。
政治家とマスコミのレベルが国民のレベルというのは世界周知の話ではあるが・・。