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先日の売り出しには「辛子明太子とたらこ」とあった。
実は、「明太子」と「たらこ」は同じものであり、呼称の方言差である。
明太子とはたらこのことをいう北九州から山口地方の呼称であった。
スケトウタラは朝鮮で獲れ、朝鮮語で明太(ミョンタイ)なので明太の子と呼んだ。
また、たらことは真鱈の卵巣・真子のことで、江戸初期の茶の湯献立に記載がある。
明治期には北海道から朝鮮までの日本海沿岸でスケソウダラが多く獲れた。
スケトウダラの漢字は 佐渡鱈、介党鱈、助宗鱈が当てられるが其々に意味がある。
佐渡で獲れたので佐(すけ)渡(と)、漁に人手がかかるので助っ人鱈(スケットタラ)。
戦時中のNHK放送でスケトウダラをスケソウダラと誤報してから「助宗鱈」。
よって卵巣はスケトウダラの子で「助子・スケコ」、それが東日本の通り名となる。
助子を塩蔵すると赤くなるので北陸なんかでは「紅葉子・モミジ子」とも呼ぶらしい。
昭和に入って真鱈の不漁が続いた時期から助子が「鱈の子」として流通。
鱈の子が「たらこ」と呼ばれ出したのは昭和40年代からのことで意外と最近の話。
新幹線が開通して博多土産の「辛子明太子」すなわち「辛子漬け助子」が流通。
やがて、助子と鱈子と明太子の呼称区分が曖昧になって今に至った。
因みに、関西の御節料理の定番「鯛の子煮付け」は生助子の煮付けで僭称。
おそらく、昔は真鱈の子・真子であったように私は思っている。
私は特売の「辛子明太子・たらこ」を買わなかった。理由は塩分とコルステロール。
2018.02.12 神棚
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私の同級生宅の神棚。天照大神を中に須佐之男命・三輪明神が祀られている。
皇祖・天つ神と国つ神・大国主命である。
大和一之宮は大国主を祀る三輪明神であって橿原神宮でも春日大社でもない。
同級生は夫婦で毎朝神棚に祈り、仏壇に般若心経を唱えていると云う。
そのことを聞き、日本という国の姿を垣間見る心地がした。
日本人の多くは無宗教或いは仏教と云いつつ、節目節目に神社参りをしている。
毎朝、神に祈り仏に手を合わせる同級生夫婦、日本人の典型であろう。

記事が長いとお叱りを受けたので、昨日の後半を今日の記事に転用。
これ位の長さならスッキリすると我ながら思うところ。
2018.02.11 満艦飾
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海上自衛隊・最大級護衛艦「いずも」の満艦飾(まんかんしょく、full dress ship)。
「建国記念の日」、帝国海軍の伝統を継ぐ海上自衛艦は停泊先で満艦飾の出で立ちをする。
あの「日の丸たこ焼き」も、今日の意味を知らずに売れるであろう。外人たちに・・。

他の祝日が祝日法に日付を定めているのに対し、本日のみが「政令で定める日」である。
嘗ての「紀元節」、神武天皇が大和盆地で即位した日を記念するもので皇紀は2678年。
まま、諸説あるが前方後円墳の出現は三世紀半ば、大和の国の始まりの目途であろう。
日本は、現存する国の中で世界一古い歴史を持つ国と云われている。
その事は、あのくだらんギネスブックにも記されているというから世界に知られるところ。
因みに世界の王室の古い順とは、
1位、日本・125代
2位、デンマーク・代はハッキリしないが10世紀には建国
3位、イングランド47代
4位、スペイン17代
5位、スエーデン17代
6位、タイ王国10代
7位、バーレーン王国11代
8位、オランダ王国6代
9位、ベルギー王国6代
10位、トンガ王国4代
建国日は米国1776年、仏国1789年、独逸1990年、伊国1946年、加国1867年、露国1991年。
中共は1949年に共産政権を誕生さしたが、今だに国民党と正当性を争っている。
こうしてみると、日本の皇室の125代とは途方もない歴史を繋いできていると分かる。
「民の信仰心と愛国心の深さがその国の歴史を培う」という話を聞く。納得。

2018.02.10 好悪半ば
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外人向けタコ焼き、だそうな・・。好悪半ばする思い。

昨夕は、奈良に来た後輩と会う予定で少々早めに奈良の商店街をそぞろ歩き。
通り一杯に迫ったたこ焼き店があり、写真のような目立つ貼紙が。
私は3個100円という設定と、200・300・400円というプライスラインに好感を持った。
ナカナカのマーチャンダイジング能力であると感心したのである。
私の子供の頃の記憶では、奈良のタコ焼は6個10円というのが通り相場。
それを3個で100円とし、後はその倍数でプライスゾーンを設定とは簡潔にして明瞭。
そこで店の女の子に訊いてみた。
私「この日の丸は何?」
女の子「ヨージ替りです。外人さんが喜びます」
私「番号を書いてあるのは外人客のため?」
女の子「そうなんです。説明や会話が要りません」
私「この店はいつからやってるの?」
女の子「去年の11月からです」
私「ふーん、ワシ、6個入り4パックもらうわ」
会う後輩たちは右翼、右翼にも外人にも「日の丸」は効く。
確かに、前にも書いたが奈良は外人だらけになっている。
たこ焼きですら外人向けマーケティング発想が生まれている。
三条通りの歩道を歩いていると歩道幅一杯に4人連れが歩いている。
大きな話声はシナ弁風、つい私は「どけ」と声を掛けた。
4人は後ろの私を見て悪びれる様子もなく渋々道をあけた。
待ち合わせ場所のそば処への土産にイチゴ大福を買う。
店員の女の子に歩道での件を話すと、女の子は大きく相づちを打つ。
「ホンマです、あの人らはマナーが悪い。せやけど増えてます」
私「この店にも来るんか?」
女の子「ええ、けっこう多いんです」とニコリ。

今度あのタコ焼き屋に行ったら、旭日旗との2本セットを提案しよう。
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襟巻(エリマキ)トカゲのイラスト。
貴乃花や麻生はん細川はんの襟巻は上から下がるが襟巻トカゲのは下から上がる。
冷暖房を余り好まない私は、最近の寒さで室内でも散歩用襟巻をしている。
この前には外出時に散歩用襟巻をしたままで外出用襟巻を被せて出掛けてしまった。
年賀状のこと。数年前から枚数を減らして、宛名は拙い字ながらも筆書きにしている。
手書きでは私にリスト管理という技術がないので誰に出したか記憶が曖昧になる。
気になる御仁があり、一昨日電話を入れると年賀状は来ていないとのこと。
御仁は大手量販の店長経験者で、出身地・広島に戻って私の量販企業に転職して来た。
当時、私はその量販店の最年少店長であり、御仁は私の店へ副店長として赴任。
私は役員や組合委員長とも折り合いが悪く、少々業務がトラブっていた。
暫らくして役員会に私と御仁が呼ばれ、役員からの糾弾めいた質問に私は反論した。
次に御仁の方へ「君の見方はどうだ」と話が向いた。御仁は考え込んだ後に返答した。
それは井谷のやり方に賛同し支持する言葉で、役員たちは押し黙ったままとなった。
社長が口を開いた「井谷君も頑張ってくれている、皆もシッカリ応援してやってくれ」
店に戻る途中で私は御仁に訊いた「私のアラ探しを云われていたのでしょう」、と。
否定も肯定もしなかった御仁、すぐに出た閑職への辞令に従容として赴任していった。
私はその量販企業を辞め店を開いた時に、御仁は来てくれて少し話をした。
爾来40年、関西へ戻った私は御仁とは年賀状だけの付き合いになっていた。
御仁が会社を辞めたことは風の便りに訊いていたが事情は分からなかった。
気になっていたので、私は一昨日の電話で御仁にその辺りのことを訊いてみた。
御仁曰く、「しこりが残ったままになってました」、とか。
大手量販企業の知識・見識に加え本人には胆識もあった、まさに人財。
あの役員たちには人財は使えなかったのであろう、と少々感慨に耽る私である。